講演録

講演録 · 23日 12月 2019
「みよ、行いにして朽ちざるところを されば覆いの覆いとあらわれ はれやかに神の生きるのきわだたむ」 クリスマスですね。シュタイナーによるその所以。大手を振ってなるほどと思える人はとても少ないんだろうけれど、関心のある人に届いてほしいと思います。 フィヒテも何を思ってこの詩を編んだんだろうか。神のような考えからほんとうに遠くかけ離れた時代になってきました。今はほんとうに短い尺でことを細かく見るようになりました。もうひとり取り上げられたヘッケルが第一次対戦の意味に訳に直にせまれなかったように、今、社会にインパクトを及ぼす事件にほんとうに意味や訳を見出すことが難しい時代になっているからこそ、この見方を抱えて、神のような考えに迫る力強さを求められているはずです。 朽ちざるところ。朽ちざるところなんてあるのか?クリスマスの大きなテーマもここになると思います。
講演録 · 22日 12月 2019
「聖き夜の考えとわたしなる秘密ー②」更新です。冬至ですね。なかなかこういうものに取り組んでいるとことばが無いですが、関心のある方に読んで頂ければ幸いです。
講演録 · 18日 12月 2019
クリスマスを前に、1992年に鈴木さんが訳された、シュタイナーのクリスマスに関する講演録を掲載したいと思います。初期の鈴木さんの翻訳のスタイルは、私のような初期スタイルで馴染んでいる人としてはなかなかたまらないものがありますが、はじめての人にはちょっとハードルが高いかもしれません。ただ私も23歳のときに、全く読めなかったですが、これだ!という確信がビビッと走り、読解を始めました。鈴木さんの訳は読み込めば必ず分かる訳なので取り組めば取り組んだなりのものが得られると思います。「わたし」という考えは、なかなか一筋縄ではとらえづらい考えですが、このテキストからもおおくの側面が得られると思いますし、まぁ何をえるとかえないとかそういう話に尽きず、今を生きるということをその人なりの深みで感じられるんではないでしょうか。
講演録 · 18日 12月 2019
たくさんのルドルフ・シュタイナーの講演録が翻訳されていますが、シュタイナーはどうぞ自由に公にして下さいとの想いと併せて、このようなコメントを寄せていました。講演録を読み取るには前提が必要だとのことです。それを判断するにはそれなりな基礎知識が必要であるということです。シュタイナーの出版でとても大切なのは、一般的に人の好奇を誘うような内容が皆さんによく手に取られるからこそ、意識的に基本的な理解を助ける仕事への熱心さが欠かせないことです。なかなか上手く行きませんが引き続きこの線で頑張っていきたいと思っています。